FIREするのにやりたいことは必要ないと思う理由。やりたくないことを強要されないことが大事。

FIRE

こんにちは。シナプスたけだです。
金融資産7000万円を目標に、労働、節約、投資でFIREを目指しています。

今日の仕事中、ちょっとしたきっかけがあって、自分の子供のころを思い返していました。

小中学校の頃、私は学校生活になじめない、人付き合いが下手で非社交的な子供でした。

この頃は私の人生の中では完全に黒歴史で、二度と戻りたくない時期だと思っています。

しかしながら、今日改めて考えてみると、案外よい過ごし方をしてきたようにも思いました。

何故かというと、「やりたくないこと」をほとんどやらずに過ごしてこられたからです。

親はいろいろと習い事を経験させようとしてくれていたのですが、私は運動が嫌い、ピアノが嫌い、英語も嫌い、外に出かけるのも嫌いという具合で、嫌い尽くしでほとんどの習い事が短期で終わりました。

中学校の部活動もやりたくなかったので、嫌になって途中で退部しています。

クラスの係や学校行事の係もやらされそうになりましたが、やりたくないことははっきり断ってきました。

食べ物の好き嫌いも激しかったですし、乗り物も嫌いだったので遠出も旅行も嫌いでした。

いろいろと気難しい子供だったと思います。

その反面、好きなことにはよく時間をかけていました。

生き物系のテレビ番組、算数、理科、パズルゲーム、図鑑、虫取りなどが好きでしたね。

自然科学が趣味に合っていたのだと思います。

学校生活は苦手でしたが、勉強自体は嫌いではありませんでした。

ほっといても勝手に勉強する子供だったので、親に勉強しろと言われたこともありません。

そんなことを思い返しつつ、もし親や教師から、望まない習い事や運動などを強要されていたら・・・と想像してみたのですが、たぶん心身を病んで登校拒否か引きこもりか、人様に迷惑をかける方面に向かっていたような気がしてなりません。

やりたくないことを強要され続けたら、大人だって心身を病むのですから、子供だって病むと考えるのが自然です。

まあ、学校生活は嫌でも我慢して通学してはいたので、案外平気な場合もあるかもしれませんが、集中力は落ちて勉強嫌いになっていた可能性は少なくない気がします。

ともかく、やりたくないことをなるべくやらず、主にやりたいことをして日常を過ごせていたのですから、改めて考えると結構悪くない子供時代だったと思います。

やりたいことを避けるという点においては、FIREに通じるものがあります。

子供の頃からFIREみたいな価値観で生きていたのですから、私がFIREを志すのは必然だったのだなぁとしみじみ思います。

ちまたのFIRE関連の記事や書籍等には、FIRE後に何をやるかが大切だとか、やりがいが必要だとか、視座の高いことが書かれているものが多くあります。

やりがいを感じることあれば越したことはないですし、やりがいを探すのはいいことだと思います。

しかし、私はFIREする際にやりがいなんて特に必要ないと考えます。そんなものはFIRE後に探せばいいのです。

例えば、散らかった場所で探し物をするのは大変ですが、少し片付け後の方が探し物が見つかりやすいことは明らかです。

それと同じように、まずやりたくないことを取り除いてから、残ったものの中からやりたいことを探す方が見つかりやすいはずです。

それに、人の気持ちは容易に移ろうものです。

心が疲弊した時と、気持ちにゆとりがある状態とで、やりたいことが一致するとは限りません。

心が疲れているときにみつけたやりがいは、一時の気の迷いということもありえます。

やりたいことなんて下手したら一生見つからない可能性もあるのですから、それこそFIREして時間のある時に、ゆっくり探せばよいのです。

そもそも、仮にやりたいことが見つからなかったとしても、やりたいことをしなくて済むだけでFIREは十分に価値のあるものだと、私は思います。

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